第二回目のインタビューは、歌手、コーディネーター、女優、司会者として活躍されている鈴木ナオミさん。2011年3月11日の東日本大震災後、精力的に復興支援活動を行っている。
今回は、イギリスに来るきっかけや、ナオミさんの復興支援にかける思いなどをお伺いした。
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<プロフィール>
イギリス在住。歌手、女優、司会者としてヨーロッパで活動中のマルチタレント。
BBCニュースでもレポートされ、『イギリスで最も有名な日本人シンガー』と現地で報道される。
2015年3月 日本人初のイギリス国会議事堂でのコンサートを成功させ、日本のメディアからも注目を集めた。
2012年『AJ Unity』としてリリースされた『Sweet Roses』が全米ラジオチャート14位を記録。
全世界1400のラジオ局の投票では3週間連続で1位を獲得。
欧米で話題になり、今なお世界へのチャレンジを続けている。
東日本大震災以降、数々の復興支援ソング、支援CDを発表。『音楽で生きる力を!』をテーマに、
現在も被災地に度々足を運びコンサートを開催して被災者を励ましている。
ロンドンから日本に向けて、ロンドン情報を発信するラジオ番組「ナオミのLONDON CALLING(日本7カ所のFM放送局)」の
パーソナリティーを務める傍ら、毎年7万人以上を動員する『英国ジャパン祭り』の総合司会を初回から6年間担当。
イギリスの日本人コミュニティーを支える『英国日本人会』の理事に就任後 SKT88(シニア&キッズTOGETHER)を開催。
世代の違う日本人同士が仲よくなることでコミュニティーの活性化を目指し、世代を超えた交流から助け合いへ繋がることをコンセプトとして注目を集めている。
世界映像博覧会でNHKのプレゼンター、MTVの番組宣伝プレゼンター、
ロンドンオリンピック関連イベントの司会、もしもしにっぽん in Londonの司会、
松竹歌舞伎のレセプション司会を勤めるなどプレゼンターとしても活躍中。
3月14日月(7時)Islington Assembly Hallにて、東日本大震災追悼公演を開催予定。詳細はこちら!
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イギリス人アーティストPhilipp M Mollとのユニット「AJ Unity」による曲。初アルバムは、世界のラジオ局1400局の投票で、3週間連続1位に輝いた。
- イギリスに来るきっかけ
イギリスに来る前、ナオミさんは日本で歌手として活動していた。
ある日、イベントショーでのパフォーマンスを終えたあと、一人のイギリス人男性が彼女に近づいてきた。そして、「うちの国でデビューしませんか?」とスカウトしてきたという。
日本でもまだ「売れっ子歌手」とは言えないような自分だったのに、いきなりイギリスでデビュー!あまりの唐突さに驚きながらも興味を惹かれ、イギリスに来たのがきっかけだった。
半信半疑の気持ちで空港についてみると、なんとBBC(イギリスの公共放送局)の取材カメラがドキュメンタリーを撮影するために、彼女を待ち受けていた。そして彼女のパフォーマンスには、マドンナのバックダンサーを用意されるという超高待遇。「謎の東洋人」として大きくプロモーションされ、音楽チャートでは12位を獲得した。
- シンデレラストーリーからの転落。突然の事件
その後、日本でもCDリリースが決定。「私、本当に大スターになっちゃうんだ」という夢のような現実の中、ある事件が起こる。日本のレコード会社との契約金である1億円を、関係者だった日本人プロデューサーに持ち逃げされてしまったのだ。
この事件が原因で、彼女の日本デビューはおろか、イギリスでの活動すら難しくなってしまった。まさか、こんな形で自分のイギリス生活は幕を閉じてしまうのだろうか…。だが、「こんな所で終わりなんて悔しい」という思いが彼女をイギリスに留まらせた。「ここで帰って負け犬になりたくないと思った。負けん気が強い性格なんです。」
その後ナオミさんは、音楽コーディネーターという職を選ぶ。宇多田ヒカルや矢井田瞳など、日本人歌手がイギリスでレコーディングをしたり、ミュージックビデオを撮影したりする時のサポートをした。歌手として同じ経験をして来て、専門用語や音楽業界の事情を知っている分、英語ができるだけのコーディネーターよりも需要があった。活動を続けるうちに、自分が担当したアーティスト達の口コミでナオミさんの評判が広まり、どんどんと仕事が増えていった。そのうち、テレビの企画や日本人オリンピック選手が来た時のコーディネートまでこなすようになったという。
コーディネーターとしての経験は、チームワークの大切さを学ばせてくれた。歌手として活躍する人たちの裏では、たくさんのスタッフが、プロジェクトを成功させるために動いている。その一人ひとりが力を合わせて気持ちを一つにしなければ、そのプロジェクトは絶対に上手くいかないのだということを、自身の経験から強く感じたという。「一人よがりじゃ、何もできない。自分のコンセプトを伝えるベストな方法は、考えに賛同してくれる人を巻き込むことだと思うんです。」
- イギリスの自由さ、フレンドリーさに惹かれて
ナオミさんがイギリスに残ったのには、もう一つ理由がある。それは、この国の人たちの雰囲気や接し方が、自分には合っていたことだ。イギリスでデビューの話があった当時、いきなり超大物プロデューサーと会うことになったナオミさん。日本だと普通、新人は彼らに対して敬語を使い、礼儀正しくし、言われたことをこなすのが普通だ。だが、イギリスではそんな堅苦しい決まりは存在しない。新人でも彼らに「Hi!」とフレンドリーに挨拶ができるし、プロデューサーが他のスタッフにお茶を配ることだってある。そして、曲を作るときには、「君はどうしたいの?」「ナオミの曲なんだから、自分のやりたいようにやっていいよ」と全てを任される。立場は違っても、音楽を愛する者同士、同じ目線でいられる。そんな場所に強く惹かれたのだ。
- 仕事の軸となる、「ビジョン・コンセプト作り」
しかし、色々な面で自由にさせてもらえる分、自分の中で貫き通せるビジョンやコンセプトができていないと、この世界では生きていけない。ただワガママを言うだけでも、相手の言いなりに動くだけでもない。自分自身で考えて行動しなければならない分、「自分は本当に何がしたいのか」ということと向き合う必要がある。ナオミさんは、ここでビジョン作りの基本を叩き込まれたという。
歌手から女優、コーディネーター、そして司会者まで、多岐にわたる仕事をこなし続けるナオミさんだが、彼女がどの仕事においても大切にしているのがこのビジョン・コンセプトづくりだ。自分が納得のいくコンセプトを、練りに練る。数週間も考え続けたり、悩み過ぎて、眠れないことだってある。だが、一度「これだ!」と決めたコンセプトは、誰に何を言われても曲げない。自分が考え続けて決めたものだからこそ、自信を持つことができるのだ。
- 被災者の方々への思いをこめて歌う~東日本大震災 復興支援~
ナオミさんは東日本大震災が起こった後から、復興支援のために精力的に活動を続けてきている。約5年間に渡って、40箇所以上の仮設住宅や学校を周ってチャリティー活動を行ってきた。2015年には、「東日本大震災追悼公演」として、英国国会議事堂で日本人初となるコンサートを行った。このような活動のきっかけには、自分の病気、そしてとある男性との出会いがあった。
2011年、震災が起こった頃、ナオミさんは重度の免疫障害を患う。肝機能に異常が出て、大量に血を吐いてしまうこともあった。「死ぬのかな」と思うほどに弱っていたある日、ツイッターで1通のメッセージを受け取る。
「ナオミさんの音楽で、被災地を救ってください。」
メッセージの送り主は、被災した一人の男性だった。体を弱めていたナオミさんにとって、彼からの言葉は暗闇の中の一筋の光だった。「被災地の方々にできることをしたい。」彼女は、ベーシストでもあった彼と一緒に曲を作ることを決める。これが、被災地復興活動のはじまりだった。
- イギリスに来るきっかけ
イギリスに来る前、ナオミさんは日本で歌手として活動していた。
ある日、イベントショーでのパフォーマンスを終えたあと、一人のイギリス人男性が彼女に近づいてきた。そして、「うちの国でデビューしませんか?」とスカウトしてきたという。
日本でもまだ「売れっ子歌手」とは言えないような自分だったのに、いきなりイギリスでデビュー!あまりの唐突さに驚きながらも興味を惹かれ、イギリスに来たのがきっかけだった。
半信半疑の気持ちで空港についてみると、なんとBBC(イギリスの公共放送局)の取材カメラがドキュメンタリーを撮影するために、彼女を待ち受けていた。そして彼女のパフォーマンスには、マドンナのバックダンサーを用意されるという超高待遇。「謎の東洋人」として大きくプロモーションされ、音楽チャートでは12位を獲得した。
- シンデレラストーリーからの転落。突然の事件
その後、日本でもCDリリースが決定。「私、本当に大スターになっちゃうんだ」という夢のような現実の中、ある事件が起こる。日本のレコード会社との契約金である1億円を、関係者だった日本人プロデューサーに持ち逃げされてしまったのだ。
この事件が原因で、彼女の日本デビューはおろか、イギリスでの活動すら難しくなってしまった。まさか、こんな形で自分のイギリス生活は幕を閉じてしまうのだろうか…。だが、「こんな所で終わりなんて悔しい」という思いが彼女をイギリスに留まらせた。「ここで帰って負け犬になりたくないと思った。負けん気が強い性格なんです。」
その後ナオミさんは、音楽コーディネーターという職を選ぶ。宇多田ヒカルや矢井田瞳など、日本人歌手がイギリスでレコーディングをしたり、ミュージックビデオを撮影したりする時のサポートをした。歌手として同じ経験をして来て、専門用語や音楽業界の事情を知っている分、英語ができるだけのコーディネーターよりも需要があった。活動を続けるうちに、自分が担当したアーティスト達の口コミでナオミさんの評判が広まり、どんどんと仕事が増えていった。そのうち、テレビの企画や日本人オリンピック選手が来た時のコーディネートまでこなすようになったという。
コーディネーターとしての経験は、チームワークの大切さを学ばせてくれた。歌手として活躍する人たちの裏では、たくさんのスタッフが、プロジェクトを成功させるために動いている。その一人ひとりが力を合わせて気持ちを一つにしなければ、そのプロジェクトは絶対に上手くいかないのだということを、自身の経験から強く感じたという。「一人よがりじゃ、何もできない。自分のコンセプトを伝えるベストな方法は、考えに賛同してくれる人を巻き込むことだと思うんです。」
- イギリスの自由さ、フレンドリーさに惹かれて
ナオミさんがイギリスに残ったのには、もう一つ理由がある。それは、この国の人たちの雰囲気や接し方が、自分には合っていたことだ。イギリスでデビューの話があった当時、いきなり超大物プロデューサーと会うことになったナオミさん。日本だと普通、新人は彼らに対して敬語を使い、礼儀正しくし、言われたことをこなすのが普通だ。だが、イギリスではそんな堅苦しい決まりは存在しない。新人でも彼らに「Hi!」とフレンドリーに挨拶ができるし、プロデューサーが他のスタッフにお茶を配ることだってある。そして、曲を作るときには、「君はどうしたいの?」「ナオミの曲なんだから、自分のやりたいようにやっていいよ」と全てを任される。立場は違っても、音楽を愛する者同士、同じ目線でいられる。そんな場所に強く惹かれたのだ。
- 仕事の軸となる、「ビジョン・コンセプト作り」
しかし、色々な面で自由にさせてもらえる分、自分の中で貫き通せるビジョンやコンセプトができていないと、この世界では生きていけない。ただワガママを言うだけでも、相手の言いなりに動くだけでもない。自分自身で考えて行動しなければならない分、「自分は本当に何がしたいのか」ということと向き合う必要がある。ナオミさんは、ここでビジョン作りの基本を叩き込まれたという。
歌手から女優、コーディネーター、そして司会者まで、多岐にわたる仕事をこなし続けるナオミさんだが、彼女がどの仕事においても大切にしているのがこのビジョン・コンセプトづくりだ。自分が納得のいくコンセプトを、練りに練る。数週間も考え続けたり、悩み過ぎて、眠れないことだってある。だが、一度「これだ!」と決めたコンセプトは、誰に何を言われても曲げない。自分が考え続けて決めたものだからこそ、自信を持つことができるのだ。
- 被災者の方々への思いをこめて歌う~東日本大震災 復興支援~
ナオミさんは東日本大震災が起こった後から、復興支援のために精力的に活動を続けてきている。約5年間に渡って、40箇所以上の仮設住宅や学校を周ってチャリティー活動を行ってきた。2015年には、「東日本大震災追悼公演」として、英国国会議事堂で日本人初となるコンサートを行った。このような活動のきっかけには、自分の病気、そしてとある男性との出会いがあった。
2011年、震災が起こった頃、ナオミさんは重度の免疫障害を患う。肝機能に異常が出て、大量に血を吐いてしまうこともあった。「死ぬのかな」と思うほどに弱っていたある日、ツイッターで1通のメッセージを受け取る。
「ナオミさんの音楽で、被災地を救ってください。」
メッセージの送り主は、被災した一人の男性だった。体を弱めていたナオミさんにとって、彼からの言葉は暗闇の中の一筋の光だった。「被災地の方々にできることをしたい。」彼女は、ベーシストでもあった彼と一緒に曲を作ることを決める。これが、被災地復興活動のはじまりだった。
震災後の日本を応援するため、リリースされたアルバム第一弾「MOTHER」。このアルバムの一曲「HOME」を、被災者である男性と共に作り上げた。
- 被災地での活動で確信した、「音楽の力」
これまで、復興支援公演を開催するため、被災地に毎年足を運んでいるナオミさん。その活動を通して強く感じたのは、「音楽の力の偉大さ」だった。被災地には、生きる気力や、元気をなくした被災者の方々が多くいる。だが、ナオミさんが歌を一緒に歌おうと声を掛け、一緒に歌いだすと、彼らの表情が変わり、目がキラキラと輝きだす。元気になった彼らの表情からナオミさんは元気をもらって、活動を続けているのだという。「どんなことも、音楽の力が、変えてくれる。」そう確信した瞬間だった。
ナオミさんは2016年3月14日に、昨年に引き続き東日本大震災追悼公演を行う予定だ。(7時〜 Islington Assembly Hallにて 詳細はこちら)
彼女はこれからも、被災した方々を応援し、日本を元気付けるため、イギリスで歌を歌いつづける。
- 編集後記
ナオミさんは、エネルギッシュでありながら、落ち着きもあるとても優しい方だった。たくさんの人を巻き込みながら、色々な企画をどんどんと進めていくナオミさんの行動力にはとても感動した。
彼女の言葉の中でも特に印象に残っているのは、「継続することの大切さ」だ。何をやるにしても、自分のブレないビジョンを持ち、「これをやりたい!」ということに向かって死に物狂いで取り組んでいけば、最後には必ず評価はついてくる。自分の思いを貫き通すことの大切さを、彼女から学んだ。
ナオミさん、ありがとうございました!
鈴木ナオミさんの公式WEBサイトはこちら
→ http://www.sweet-naomi.com/
鈴木ナオミさんのFacebookページこちら
→ https://www.facebook.com/naomi.suzuki.9659
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